『鬼滅の刃』における鬼の過去といえば、貧困、理不尽な暴力、あるいは不治の病といった「社会や運命の理不尽」に打ちのめされた悲劇が数多く描かれます。猗窩座(狛治)の献身的な愛や、妓夫太郎・堕姫兄妹の過酷な底辺生活に胸を痛めたファンは少なくありません。
しかし、半天狗の人間時代にはそうした悲劇性が一切存在しません。彼を突き動かしていたのは、底なしの被害妄想と保身のための嘘です。自分が犯した罪をすべて他者や環境のせいにし、「自分はこれほど可哀想で弱いのに、周りが自分を虐げる」という身勝手な認知の歪みを抱え続けていました。
善悪の区別がつかないわけではなく、自らの悪行を正当化するために「嘘に嘘を重ねる」生き方を青年期から老年期に至るまで何十年も継続していました。この徹底的な他責思考と被害者面のコン意地こそが、ファンの間で「過去がクズすぎる」と評される最大の要因です。