「入園ゲートで財布を出す必要がまったくない」という体験に、初めて訪れた来園者の多くは驚きを隠せません。野毛山動物園が有料化されない背景には、横浜という都市が戦後歩んできた復興の歴史と、明確な行政哲学が存在します。
野毛山動物園が開園したのは、戦後復興の只中にあった1951年(昭和26年)4月1日のことでした。空襲によって焼け野原となった横浜の街で、心に傷を負った子どもたちや市民に夢と希望、安らぎを取り戻してもらおうと開設されたのが原点です。この「誰もが分け隔てなく憩える場所」という設立理念は、横浜市にとって揺るぎない基本方針として受け継がれてきました。
大きな転換期となったのは、1999年の「よこはま動物園ズーラシア」の開園時です。大規模な有料サファリパーク型施設が誕生したことで、野毛山動物園の存廃や有料化が議論の俎上に載せられました。しかし、横浜市と市民が下した決断は「市民の日常に寄り添う無料のオアシスとして残す」ことでした。
広大な敷地で野生環境を再現する「ズーラシア」、草食動物中心の「金沢動物園」という有料施設と連携を取りつつ、野毛山は「身近で気軽に立ち寄れる都心部コミュニティの核」としての役割に特化させたのです。現在も園内運営費は市の予算に加え、企業協賛や来園者による募金(よこはま動物園基金)、園内飲食・物販の収益によって支えられており、市民と行政が一体となってこの貴重な無料空間を守り続けています。