誓文払いは上方(関西)で生まれ、やがて九州を代表する商業都市・博多へと伝播しました。現在でもその伝統を色濃く残しているのが、発祥の地である京都と、日本最大規模の商業イベントへと育て上げた博多です。
京都では、中京区の新京極商店街や寺町通、そして四条寺町の冠者殿社(感応寺)や誓願寺周辺で現在も伝統が受け継がれています。冠者殿社は源義経の忠臣・佐藤継信の弟である忠信が、兄の身代わりとなって討ち死にする際に偽名を名乗った故事から「嘘をついた罪を許す神」として信仰を集め、毎年11月になると誓文払いの法要と商店街の売り出しが静かに、かつ風情豊かに執り行われます。
一方、この京都の風習を街ぐるみの巨大商業祭に転換させたのが福岡・博多の商人たちです。明治12年(1879年)、博多の漬物商であった八尋利兵衛(やひろりへい)が、京都の新京極で見かけた誓文払いの賑わいに感銘を受け、「不況に喘ぐ博多の商況を打破する起死回生の一手」として持ち帰ったのが始まりです。
博多では、総鎮守である櫛田神社への参拝とともに、上川端商店街や川端通商店街を中心に展開。現在では天神や博多駅前の商業施設まで巻き込む一大商戦へと進化を遂げました。