オカルトファンの間で長年議論されてきたのが、「ル・マルシャンの箱は実在するのか」という疑問です。作中の設定では、18世紀フランスの玩具職人であり建築家でもあったフィリップ・ルマルシャンが、貴族の依頼を受けて悪魔崇拝の儀式に用いるために製作したと語られます。
しかし、綿密な歴史調査と制作背景の確認を行った結果、フィリップ・ルマルシャンという人物はクライヴ・バーカーによる完全な創作であることが確定しています。実在の歴史上の人物ではありません。
ただし、その元ネタとなった歴史には極めてリアルな背景が存在します。18世紀のヨーロッパでは、ピエール・ジャケ・ドローらに代表される「オートマタ(自動人形)」職人たちが王侯貴族の間で熱狂的な支持を集めていました。精巧な歯車仕掛けで文字を書いたり楽器を演奏したりする機械技術は、当時の人々から見れば「魔術」そのものでした。原作者のクライヴ・バーカーは、この18世紀の職人文化と、同時期に貴族階級で密かに流行していた黒魔術や秘密結社のエピソードを融合させ、あたかも実在したかのような圧倒的リアリティを持つ設定を構築したのです。