梶井基次郎『檸檬』結末の真相と丸善の謎|爆弾に見立てた青年の心理

梶井基次郎『檸檬』結末の真相と丸善の謎|爆弾に見立てた青年の心理

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『檸檬』のクライマックスにして最大の謎、それが「なぜ青年は丸善にレモンを置き去りにし、それを爆弾に見立てたのか」という点です。この結末の真相と爆弾に見立てた理由には、高度な心理的防衛機制と芸術的な転換が潜んでいます。

当時の京都・丸善は、輸入洋書や舶来の文具が所狭しと並ぶ、西洋近代文化とブルジョワジー的知性の最高峰でした。病苦と貧困に喘ぎ、学業も私生活も破綻の淵にあった青年「私」にとって、丸善の洗練された書物は、かつての自尊心を満たす憧れであったと同時に、今や自らの無力さと落伍者ぶりを容赦なく突きつけてくる「圧倒的な権威の壁」そのものでした。棚から引き出した豪華な美術画本(アングル、ドラクロワ、ゴッホら)を積み重ねていくものの、息苦しさと倦怠感は増すばかりで、かつてのような感動は湧き上がりません。

そこで青年が試みたのが、自らの手の中にあった檸檬を、うず高く積んだ画本の城壁の頂点に据える行為でした。鬱屈した灰色の空間、重厚で威圧的な画集のグラデーションの中に、鮮烈な紡錘形の黄色い果実がぽつんと鎮座する――。この瞬間、それまで青年を圧迫していた重苦しい西洋の権威が、ちっぽけな1個の檸檬を引き立てる「台座」へと価値転倒を起こします。

さらに青年の想像力は飛躍します。「これをこのままにしておいて、もしこれが活動写真の黄金の爆弾で、十分後に大爆発を起こしたらどうだろう」。この着想こそが、青年を救済する最後の引き金となります。社会秩序や権威に正面から立ち向かう力を持たない無力な青年が、檸檬を爆弾と見立て、心の中で丸善という重厚な知の神殿を木っ端微塵に吹き飛ばす。実際にテロを起こすのではなく、あくまですれすれの「いたずら(私戯)」として完結させることで、鬱屈した自我は軽快なカタルシスを獲得し、街へと逃げ去ることができたのです。作品の主題・テーマは、現実に打ちのめされた一個人が、主観的な美と想像力の力によって世界を再構築し、精神の自由を奪回する痛快な勝利の記録であるといえます。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。