『男はつらいよ』の象徴的な絆といえば、車寅次郎と妹・さくらの関係性です。26年間にわたり兄妹を演じ続けた倍賞千恵子 さくらにとっても、渥美さんの本当の病状は最期まで厚いベールに包まれていました。
倍賞さんは当時のインタビューや後年の回想録において、「お兄ちゃんは撮影現場で、体調の悪さを決して言葉にしなかった」と語っています。しかし、撮影を重ねるごとに衣装のスーツがぶかぶかになっていく様子や、ロケの合間に誰とも接触せず、ロケバスのカーテンをぴったりと閉め切って一人で耐えている姿に、ただならぬ胸騒ぎを覚えていたといいます。
撮影現場のスタッフやキャストの間でも、「渥美さんは極度の夏バテではないか」「重い肝疾患を抱えているらしい」といった憶測は飛び交っていましたが、誰も本人にその話題を振ることはできませんでした。それは渥美清さんが醸し出す、「道化師としての寅さんを壊してはならない」という凄絶なプロフェッショナリズムに対する敬意が生んだ沈黙でした。