源仲章暗殺の真相|義時の身代わり説と鶴岡八幡宮の悲劇を完全解明

源仲章暗殺の真相|義時の身代わり説と鶴岡八幡宮の悲劇を完全解明

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源仲章という男の異質さは、その並外れた官位と経歴にあります。彼は宇多源氏の血筋を引く名門の出身で、父の源光遠は後白河法皇の側近でした。仲章自身も当代屈指の儒学者として頭角を現し、朝廷においては大学頭や文章博士を歴任、従四位上に叙されるなど文官としての最高峰を極めていました。

鎌倉幕府との関わりは、若き将軍・源実朝の「侍読(学問の師)」として招聘されたことに始まります。和歌や有職故実に深い関心を持つ実朝から絶大な信頼を寄せられた仲章は、やがて幕府の政所別当に就任。さらに相模守の受領を兼ねるなど、武家政権の中枢へと深く食い込んでいきました。朝廷と幕府の双方で重職を兼ねる存在は、当時の鎌倉では極めて異例でした。

この二重身分ゆえに、仲章には常に「後鳥羽上皇のスパイ(工作員)」という疑惑がつきまといました。後鳥羽上皇の意向を実朝に吹き込み、幕府を朝廷のコントロール下に置こうと画策していたのではないかという見立てです。幕府の専権を確立したい北条氏にとって、将軍を心理的に掌握し、京都の意向を直接反映させようとする仲章の存在は、警戒すべき脅威に他なりませんでした。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。