ファンの間で長きにわたり熱く語り継がれてきたのが、「歌詞に描かれた夕子という女性には、実在のモデルが存在したのか」という問題です。歌詞中では、盛り場のネオンの下で涙を隠しながらけなげにお酒を注ぐ「夕子」の横顔が、極めて写実的なタッチで描かれています。
当時の週刊誌やスポーツ紙の報道では、「増位山が巡業先や都内の高級クラブで密かに想いを寄せていた女性ではないか」「浅草や銀座のスナックに実在した看板ママの名前を取ったのではないか」といったセンセーショナルな噂が幾度となく取り沙汰されました。土俵上での精悍な佇まいと、盛り場でのロマンスという対比が、大衆の好奇心を強く刺激した背景があります。
しかし、当時の制作関係者が残した証言や作詞者・喜多條忠の回顧録を検証すると、意外な創作の舞台裏が浮かび上がってきます。喜多條は生前のインタビューにおいて、特定の個人をそのまま描写したのではなく、高度経済成長の影で地方から上京し、歓楽街で家族のために健気に働いていた無数の女性たちの面影をひとつの像に編み上げたと述懐しています。出門英が紡いだ哀愁のコード進行に触発された喜多條が、「日本中どこにでもいそうで、どこにもいない、男たちの庇護欲を激しく揺さぶる女性」として命名した架空のミューズこそが「夕子」でした。
実在の誰か一人に限定されなかったからこそ、当時のビジネスマンや酒場を行き交う男性たちは、自分の知る身近な女性の面影を「夕子」に投影し、空前の共感を生む原動力となりました。