矢沢永吉がこれほど強固な財政基盤を築けた背景には、伝説のロックバンド「キャロル(CAROL)」解散時の苦い経験が存在します。
デビュー当時、著作権や原盤権の概念がまだアーティスト側に十分に理解されていなかった昭和の音楽業界において、キャロルの楽曲に関する権利は原盤制作会社やレコード会社に帰属していました。自分が生み出した楽曲でありながら自由に活用できない悔しさを痛感した矢沢は、ソロ転向後、徹底して「自らの権利は自ら守り、管理する」という独立独歩のビジネス手法を確立していきます。
自社レーベル「GARURU RECORDS」の設立や「株式会社ズィー・プラス・ミュージック」による徹底した権利管理は、すべてこの教訓に基づいています。
こうして築き上げられた資産は、不動産にも投じられています。東京都世田谷区や港区といった超一等地に構える豪邸・プライベートスタジオ、さらには海外拠点など、単なる消費ではなく将来にわたって資産価値を維持・向上させる堅実なポートフォリオを形成しています。