この楽曲を聴いた誰もが抱く最大の疑問が、「これは中島みゆき本人の身に起きた実体験なのか」という点です。「ドアに爪を立てて泣いた」「泣かない女のほうがいいなら そうしてあげればよかった」という、あまりにも生々しく凄惨なフレーズは、単なるフィクションの域を逸脱しているように聴き手に迫ります。
結論から言えば、中島みゆき「うらみます」の実話の真相は、特定の元恋人への告発文ではありません。中島みゆき自身、当時のインタビューや自著・随筆において「歌は自分の日記帳ではない」というスタンスを一貫して語っています。彼女の創作方法は、自らの狭い体験をそのまま吐き出すのではなく、街中で見かけた見知らぬ誰かの佇まい、ファンから届いた手紙、あるいは己自身の心の片隅にある暗黒の感情の芽を極限まで拡大鏡で覗き込み、一編のドラマへと昇華させる「憑依型」のシナリオライティングです。
しかし、全くの無痛から生まれた空想でもありません。当時の中島みゆき「うらみます」の制作秘話を振り返ると、1970年代後半に「わかれうた」の大ヒットで時代の寵児となった彼女が、社会的な虚像と表現者としての真実の狭間で激しい葛藤に直面していた時期と重なります。身を削るような創作活動の中で絞り出されたアルバム『生きていてもいいですか』というタイトルそのものが、当時の彼女の切迫した精神状態を雄弁に物語っています。自己の存在意義を問う極限状態だったからこそ、裏切られた人間の怨念というタブーの感情を、いささかの躊躇もなく結晶化させることができたのです。