日本で一番古い神社はどこ?大神神社や花窟神社の諸説と真相を徹底解剖

日本で一番古い神社はどこ?大神神社や花窟神社の諸説と真相を徹底解剖

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一般の参拝者の間では、「日本で一番古い神社といえば、伊勢神宮か出雲大社ではないのか」という認識が根強く残っています。なぜ専門家の見解と大衆のイメージの間に乖離が生じているのでしょうか。その理由は、両社が持つ「神話的ステータス」と「歴史的事実」の混同にあります。

伊勢神宮:国家最高の格式を持つが、創建は崇神・垂仁朝の「遷座」

皇室の祖神である天照大御神を祀る伊勢神宮(皇大神宮・内宮)は、全国の神社の上に立つ本宗(ほんそう)として位置付けられています。格式の高さにおいて並ぶ社は存在しません。

しかし、創建の経緯を歴史的に辿ると、伊勢神宮は最初から伊勢の地に鎮座していたわけではありません。古代、天照大御神のご神体である八咫鏡は、天皇と同じ宮殿内(宮中)で祀られていました。ところが第10代崇神天皇の御代に「神の威光が強大すぎて同じ御殿で暮らすのは畏れ多い」とされ、皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託されて宮外へと出されます。

その後、第11代垂仁天皇の皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)が引き継ぎ、大和の地から伊賀、近江、美濃などを数十年にわたって巡行した末、最終的に五十鈴川のほとり(現在の伊勢)に定着しました。この経緯から分かる通り、大神神社で大物主大神を祀った崇神天皇の時代よりも後に場所が決定されたため、歴史的な鎮座の順序としては大神神社よりも後発になります。

出雲大社:国譲り神話の威光と「建築された社殿」という性格

出雲大社(島根県)は、『古事記』『日本書紀』において大国主大神が天孫(皇祖神の系譜)に国土を譲る際、「天の御子が住まう宮殿と同じ壮大さで我が宮殿を造営してほしい」と要求したことに由来します。この神話上のスケール感から「神話の始まり=最古の神社」と認識されやすい傾向があります。

ただし、出雲大社の成立要件は「高大な社殿を建造すること」でした。2000年に出雲大社境内から発掘された鎌倉時代の巨大本殿の柱(宇豆柱=うずばしら)によって、古代に超高層建築が存在した事実が立証されましたが、これは建築物としての技術と祭祀が融合した発展期の信仰形態です。

山や岩石そのものを神として祈りを捧げていた大神神社や花窟神社の素朴な自然崇拝と比較すると、出雲大社は「国家的な政治交渉と建築技術を介して成立した社」という性格を持ちます。神話の壮大さが先行し、原始アニミズム信仰の古さとは別次元の文脈で語られるべき存在です。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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