二人の出会いは1990年代初頭にさかのぼります。当時、すでにトップ女優としてドラマの主役を張り続けていた田中美佐子さんに対し、深沢邦之さんは同じ事務所(浅井企画)に所属する駆け出しの若手タレントでした。
深沢さんが田中さんの付き人兼ドライバーを務めるようになったことがきっかけで、二人の距離は急速に縮まります。当時から気取らない人柄で知られていた田中さんは、真面目で誠実、誰に対しても裏表なく接する深沢さんの人柄に強く惹かれていきました。そして1995年11月、田中さん側からのプロポーズによって電撃結婚が成立します。
当時、田中美佐子さんの年収は1億円を超えていたとも言われる一方、深沢邦之さんの月収はわずか10万円ほど。「年収格差100倍」「7歳の年齢差」という数字がワイドショーを賑わせ、世間からは「格差婚」として大きな注目を集めました。深沢さんは「ヒモ亭主」などと心ないバッシングを受けることもありましたが、田中さんは「彼はお金目当てで私と一緒にいるわけではない」と一貫して夫を支え、深沢さんもまたTake2としてブレイクを果たし、自らの力で世間の雑音を払拭していきました。