十五夜という風習が日本でどのように生まれ、定着したのかを探ると、貴族の美意識と農民の土着信仰が融合した独自の文化変遷が見えてきます。
もともと中秋の名月を鑑賞する風習は、中国の唐代に始まった「中秋節」が起源とされています。これが平安時代の日本へと伝来し、貞観年間(859〜877年頃)に宮中行事として定着しました。当時の貴族たちにとってのお月見は、空の月を直接見上げるのではなく、池の水面や盃の酒に揺れる月影を愛でながら、和歌を詠み雅楽を奏でる洗練された遊宴でした。『源氏物語』や当時の貴族の日記にも、月宴の華やかな様子が克明に描かれています。
この風流な宴が大きく姿を変えたのが、江戸時代に入ってからのことです。都市部の発展とともに庶民階層へお月見が普及する過程で、農村地帯に古くから伝わっていた「作物の実りに感謝する収穫祭」と結びつきました。旧暦の8月15日は、稲刈り前の農繁期にあたり、主食の米よりも一足早く収穫期を迎える里芋などのイモ類を神前に捧げる重要な節目でした。こうして十五夜は、貴族の雅な鑑賞会から、大地の実りに感謝し翌年の豊穣を祈る民衆の祈願祭へと昇華していったのです。