顕正会の組織的特徴を理解する上で外せないのが、創価学会との関係性と教団内部の動向です。
もともと顕正会は「妙信講」という名で日蓮正宗の信徒団体として活動していましたが、国立戒壇の建立などをめぐって宗派や創価学会と激しく対立し、1974年に日蓮正宗から破門(講中解散処分)されました。政治に進出して公明党を結党した創価学会とは異なり、顕正会は政党を持たず、独自の終末論や「他国侵攻」「日本崩壊」を掲げた強い危機感をもとに独自の拡大路線を走ってきました。
教団を半世紀以上にわたり絶対的なカリスマとして率いた浅井昭衛会長が2023年10月に死去して以降、組織は息子の浅井城衛理事長(現会長体制)へと引き継がれました。公称信者数は「300万人超」と発表されているものの、実態は大きく異なると指摘されています。
脱会者の証言や専門家の分析によれば、顕正会の信者数は「一度でも入会名簿に名前を書いた累積数」であり、実際にお布施を納めたり日常的に活動したりしているアクティブな実動信者は数万人から十数万人程度と推計されています。この巨大に見える数字の乖離もまた、誇大な噂が生まれる土壌となっています。