ネット上の引用では、後半部だけが神秘的なフレーズとして切り取られ、深淵をのぞく時の続きや前半の文脈が見落とされがちです。しかし、ニーチェが最も伝えたかった警告の本体は怪物と戦う者が辿る破滅のプロセスにあります。
悪や不条理、理不尽な攻撃者(=怪物)を倒そうと躍起になる人間は、相手を打ち破るために同じ残虐さや冷酷さ、搦め手の謀略を身につけざるを得なくなります。その結果、怪物を倒した瞬間に、自分自身が新たな怪物へと変貌を遂げてしまうという悲劇です。
ニーチェはキリスト教的な絶対的道徳観を批判し、人間が「善」を標榜しながら他者を断罪するときに発動する陰湿な復讐心(ルサンチマン)の危険性を一貫して暴いてきました。この箴言も、正義の執行者を自認する者ほど、自らが信じる正しさに酔いしれて悪に染まるという痛烈なアイロニーを突いています。