気仙沼かもめ食堂の歴史を紐解くと、そこには日本の飲食史に残るドラマチックな再生のプロセスが存在します。創業は昭和17年(1942年)。気仙沼港に隣接し、船員や学生、町の人々の胃袋を支え続けた大衆食堂でしたが、2006年に店主の高齢化や後継者不在を理由に惜しまれつつ閉店しました。さらに2011年3月11日の東日本大震災による大津波で、南町にあった旧店舗の跡地ごと流失してしまいます。
この故郷のシンボル喪失に立ち上がったのが、気仙沼出身で東京・葛西の名店「ちばき屋」を率いる千葉憲二氏でした。日本ラーメン協会初代理事長も務めた千葉氏は、「街のシンボルだったかもめ食堂を復活させ、故郷に明かりを灯したい」と決意。いきなり現地に建てるのではなく、まず新横浜ラーメン博物館(ラー博)へ2012年2月から2015年4月までの期間限定で出店するという前代未聞の戦略を採りました。
全国から集まるラーメンファンに気仙沼の食文化を届け、得られた収益とノウハウ、知名度を携えて、2015年11月に気仙沼市南町で悲願の本店オープンを果たしたのです。単なるノスタルジーにとどまらず、プロの手によって再定義された一杯は、震災復興の力強い推進力となりました。