大学の経営安定化と地域医療人材の確保を目指し、一時期は実現目前とまで報じられた姫路市による公立大学法人化の断念。一体なぜ、両者の協議は破談という結末を迎えたのでしょうか。
行政の検討資料および市議会の記録によると、最大の障壁となったのは将来にわたる巨額の公費負担リスクでした。姫路市が設置した有識者検討委員会による試算では、公立化に伴う校舎改修や運営費交付金の投入が、長期的に市の財政を強く圧迫する懸念が浮き彫りになりました。さらに、全国的な少子化の波のなかで、公立化したとしても将来にわたって定員を充足し続けられるのかという持続可能性への疑問が拭えなかったことが決定打となりました。
もともと姫路獨協大学は、姫路市が用地や施設整備費の大部分を拠出し、學校法人獨協学園が運営を担う「公私協力方式」で1987年に開学した歴史を持ちます。この特殊な成り立ちゆえに、「地域貢献のために市が公立化して救済すべき」という意見と、「私立学校法人の経営悪化を税金で肩代わりするのは筋が通らない」という市民・市議会の慎重論が激しく衝突しました。最終的に市側が公立化断念を正式決定したことで、大学側は自力での生き残りをかけた抜本的構造改革を余儀なくされたのです。