事故当時の飛行記録装置(DFDR)およびフライトレコーダー 音声記録(CVR)の解析により、異常発生から墜落までの緊迫した日本航空123便 タイムラインが克明に判明しています。
18時12分、羽田空港を定刻よりやや遅れて離陸したJA8119号機は、伊丹空港へ向けて相模湾上空を巡航高度へ上昇中でした。運命の暗転は18時24分35秒、高度約7,200メートルで発生します。
客室最後部の圧力隔壁が吹き飛んだ瞬間、客室内の高圧空気が一気に機体尾部(非与圧エリア)へ流入。この爆発的な空気圧によって、方向舵を支える垂直尾翼 破壊 原因となる構造破断が起き、垂直尾翼の上部約3分の2が吹き飛ばされました。さらに最悪だったのは、尾部に集中して配管されていた4系統すべての油圧配管(ハイドロリック・システム)が切断され、作動油が完全に喪失したことです。
現代の大型旅客機は操縦翼面を油圧で動かす構造となっており、油圧全喪失は操縦桿やラダーによる制御が物理的に一切不可能になったことを意味します。機体は揚力と推力のバランスを失い、機首が上下に波打つ「フゴイド運動」と、機体が左右に傾きながら蛇行する「ダッチロール」を併発し、極度の操舵不能状態に陥りました。
日航機墜落事故 ボイスレコーダーには、高濱雅己機長、佐々木祐副操縦士、福田博航空機関士の3名が、エンジン出力の左右差(スロットル操作)や車輪(ギア)の出し入れによる空気抵抗のみを利用して、必死に機体を水平に戻そうと格闘する声が生々しく残されています。
「あたま(機首)下げろ!」「パワー!」「山だ、あたま上げろ!」——失速警報音(GPWS)が鳴り響くコックピット内で、クルーは最後まで諦めることなく操縦を試みましたが、機体は激しい乱気流と制御限界を超え、18時56分28秒、群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根(高天原山山腹)に墜落・大破しました。