この場所を語る上で避けて通れないのが、1971年(昭和46年)7月30日に発生した全日空機雫石衝突事故です。千歳空港から羽田空港へと向かっていた全日空58便(ボーイング727-200型機)が、岩手県雫石町上空の高度約8,500メートルにおいて、訓練飛行中だった航空自衛隊第1航空団のF-86F戦闘機と空中衝突しました。
衝突後、自衛隊機のパイロットはパラシュートで脱出して無事でしたが、全日空58便は空中分解を引き起こし、音速を超えて雫石の山林へと墜落。乗客155名と乗員7名の計162名全員が死亡するという、当時としては世界最悪の航空機事故となりました。犠牲者の多くは、北海道旅行を楽しんだ静岡県富士市の団体ツアー客であり、一度に多くの尊い命が奪われた悲劇は日本中に深い衝撃を与えました。
事故後、凄惨を極めた墜落現場の山林は、遺族の手によって切り拓かれ、犠牲者の御霊を慰め、二度とこのような事故を起こさないための教訓を残す場として整備されていきました。