田中慎弥氏の人生と文学を語る上で欠かせないのが、実母との深い結びつきです。田中氏は4歳の時に実父を病気で亡くし、以降は母親の手ひとつで育てられました。高校卒業後、大学進学も就職もせず、アルバイトすらほぼ経験しないまま、下関の実家で机に向かい続ける息子を、母親はパート勤務などで経済的に支え続けました。
世間的な価値基準に照らし合わせれば、いわゆる「引きこもり」や「無業者」と見做されかねない状況下で、母親は息子の執筆に対して過度な干渉をせず、かといって放任するでもなく、生活の基盤を黙々と提供し続けました。田中氏自身も、自著やインタビューの中で母親への感謝を冷徹かつ静謐な言葉で語っています。
この母子関係は、一般的な甘えや共依存とは一線を画しています。互いに過剰な感情をぶつけ合うことなく、ひとつの屋根の下でそれぞれの役割を果たしながら、息子は文学という名の修羅道へ沈潜していきました。この下関の実家で過ごした濃密な沈黙の時間こそが、のちに芥川賞を受賞する『共喰い』をはじめとする重厚な作品群を育む揺りかごとなったのです。