「火垂るの墓」清太はなぜクズと叩かれる?節子餓死の真相と高畑勲の意図

「火垂るの墓」清太はなぜクズと叩かれる?節子餓死の真相と高畑勲の意図

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子どもの頃に映画を観た際、清太と節子にいびりや嫌味を連発する西宮の親戚の叔母を「極悪非道な敵」と感じた人は少なくないはずです。しかし、成人後に鑑賞した多くの鑑賞者が「実は叔母の言っていることが完全に正論だった」と考えを改める現象が起きています。

当時の戦局は1945年(昭和20年)夏。本土空襲が激化し、日本全国が極限の食糧難に追い込まれていた時期です。国策による配給制度は崩壊寸前であり、国民一人ひとりが隣組の規律に従って必死に生き延びていました。叔母の家でも、実の娘は軍需工場で働き、下宿人は国のために出征していくというギリギリの家庭環境でした。

その緊迫した状況下で、叔母が清太に投げかけた「お国のために働いている人たちのご飯と、一日中遊んでいるだけのあんたらのご飯が同じでいいわけがない」「男子なら学校へ行くか、勤労動員で汗を流しなさい」という言葉は、戦時社会の冷徹な生活防衛本能に基づく正論にほかなりません。以下の比較データは、当時の社会基準と清太の置かれた状況の隔たりを客観的に示しています。

項目詳細・数値データ戦時下の一般的基準・相場編集部の見解・評価主食配給量(1945年)成人1日あたり約2合1勺(約315g)からさらに1割減給雑穀・芋類を混ぜた代用食が日常。配給遅延も頻発居候2人分の追加食糧を養うことは一世帯の死活問題だった清太の年齢と社会的義務旧制中学校3年生(満14歳)学徒勤労動員令により、同年代は軍需工場等での労働が義務学校が焼失しても配属先を探すべきであり、完全な無職状態は許容されない時代母の遺した銀行預金約7,000円(当時の巡査初任給は約45円〜50円)現在の貨幣価値換算で約1,000万〜1,500万円相当資産としては破格だが、配給制度の枠外では紙くず同然になる罠があった節子の衰弱と死因4歳で衰弱死(重度の急性栄養失調症および下痢)戦災孤児や幼児の致死率が急上昇していた過酷な環境横穴での不衛生な生活と、タンパク質・塩分・脂質の枯渇が致命傷となった

叔母の言い草に悪意や冷淡さが混じっていたのは事実としても、共同体全体の生存を最優先しなければ共倒れになる極限状況において、叔母の主張を一方的に断罪することはできません。むしろ、家庭のルールや社会規範を完全に無視して部屋に引きこもる清太の行動様式こそが、叔母の苛立ちを臨界点に達しさせたトリガーでした。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。