藤子不二雄Ⓐという表現者の真骨頂は、少年誌の枠組みを軽々と飛び越えた数々の異色作にあります。その筆頭が、1968年に『ビッグコミック』で連載が始まった短編シリーズ『黒ィせぇるすまん』、のちの『笑ゥせぇるすまん』です。
黒尽くめの怪人・喪黒福造が持ちかける甘い誘惑。「ココロのスキマ、お埋めします」という甘言に乗った人間たちが、約束を破って破滅していく姿は、高度経済成長からバブル景気へと向かう日本社会の空虚さを強烈に諷刺していました。指を突き出して放つ「ドーン!」の決め台詞は、現代でいう承認欲求や依存症の罠に落ちる人々へ突きつけられた、痛烈な心理的宣告でもあります。
さらに、いじめられっ子の少年が悪魔的な力で復讐を果たす『魔太郎がくる!!』では、「この恨みはらさでおくべきか」という怨念のエネルギーを可視化し、当時の読者に凄まじい衝撃を与えました。一方で、過酷な勝負の世界と野生の息吹を描いた『プロゴルファー猿』や、異形の住人たちが巻き起こすユーモア劇『怪物くん』など、エンターテインメントの振り幅の広さこそが安孫子素雄という怪物の底知れなさを示しています。