歌詞に登場する「船場山(せんばやま)」は、実在する山なのでしょうか。この疑問こそが、長年にわたる論争の発端となっています。
熊本市中央区を流れる坪井川には、今も船場橋(洗馬橋)が架かっており、熊本市電の電停名としても親しまれています。しかし、現地の地形を確認すると平坦な城下町であり、「山」と呼べるような地形は存在しません。地元では、熊本城の飯田丸付近の小高い丘や、西南戦争の激戦地としても知られる近隣の「段山(だにやま)」、あるいは坪井川の土手を山に見立てたという解釈が一般的です。
一方で、有力な対抗馬として挙げられるのが埼玉県川越市にある「仙波山」です。川越市小仙波町には仙波東照宮や喜多院があり、境内周辺の丘陵地帯は古くから仙波山と呼ばれていました。なぜ熊本の地名を歌う唄に川越の山が関わってくるのか。そこに横たわっているのが、幕末最大の動乱である戊辰戦争の影です。