オクサレ様から引き抜かれたゴミの中で、最も象徴的な引き金となったのが「自転車」でした。なぜ河の神の身体に自転車が刺さっていたのか。この極めて異様な描写は、宮崎駿監督がかつて参加した川の清掃ボランティアにおける実体験が直接のモデルになっています。
スタジオジブリの公式資料や当時のインタビュー記録によると、宮崎監督は自身が暮らす地元(埼玉県所沢市近郊の柳瀬川など)で川の掃除に参加した際、泥の底に深く埋もれていた1台の自転車と遭遇しました。ヘドロの吸着力は凄まじく、大人数人がかりで綱をかけ、泥まみれになりながら全身の力を振り絞ってようやく引きずり出したという強烈な体験談が語られています。
監督はその時の光景を「川があんなに汚されて、人間が出したゴミに苦しめられている」という痛切な実感とともに脳裏に焼き付けました。劇中で描かれた、湯屋の従業員たちが総出で綱を引き、千尋が合図を送り、最後に「ズポッ」と音を立てて自転車を先頭に冷蔵庫、空き缶、古タイヤ、便器といったオクサレ様から自転車とゴミが噴出する描写は、まさに現実の河川清掃の現場のリアルそのものです。
自然界の自浄作用を遥かに超えて投棄された産業廃棄物が、神の姿を「腐れ神」にまで変貌させてしまう。宮崎監督は環境保護を声高に説教するのではなく、泥を洗い流す身体的快感とエンターテインメントの枠組みの中に、現代文明の身勝手さに対する静かな怒りと告発を潜り込ませたのです。