仏教行事の多くを共有する日本仏教界において、お施餓鬼の実施に関しては宗派間で明確な分断が存在します。曹洞宗、臨済宗といった禅宗系、天台宗、真言宗の密教系、そして浄土宗や日蓮宗では施餓鬼会が年間最大級の重要法要として盛大に営まれる一方、国内最大級の信徒数を誇る浄土真宗ではお施餓鬼を一切行いません。
この教義的断絶の理由は、宗祖・親鸞が説いた「他力本願」と「往生即成仏(おうじょうそくじょうぶつ)」の教えに立脚しています。浄土真宗の教義体系では、阿弥陀如来の絶対的な救済力(本願他力)を信じる者は、現世の命を終えると同時に阿弥陀如来の極楽浄土へ迎え入れられ、即座に仏になるとされています。したがって、死者が迷って六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を彷徨ったり、餓鬼道に堕ちて飢餓に苦しんだりするという前提そのものが成立しません。
さらに、現世の人間が善行や読経を行ってその功徳を死者に回し向ける「追善供養」の概念自体を、浄土真宗では「自力作善(じりきさぜん)」の執着として退けます。供養する側が功徳を贈るのではなく、阿弥陀如来からすでに無条件の救済が与えられていると捉えるため、餓鬼を救済するための法要は教理上、不要であるばかりか教義に反することになるのです。他宗派の施餓鬼会に相当する時期には、浄土真宗では「歓喜会(かんぎえ)」や「お盆法要」として、如来の恩徳に感謝を捧げる法話会が営まれます。