二次創作やMAD動画の爆発的な普及に伴い、ネット上では「フランドール・スカーレット=見境なく人を惨殺する凶暴なサイコパス」というパブリックイメージが一人歩きしてしまった時期がありました。しかし、これは原作の設定を紐解くと、大きな誤解であることが分かります。
公式書籍『東方求聞史紀 ~ Bohemian Archive in Japanese Red.』などの記述によると、フランドールは情緒がやや不安定で少々気がふれている側面はあるものの、邪悪な意図を持って殺戮を繰り返す悪魔ではありません。彼女が持つ能力は「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」という究極の権能です。物質の「目(急所)」を手元に引き寄せ、自らの手の中で「キュッ」と握り潰すことで、対象を跡形もなく爆砕してしまいます。
この能力の恐ろしい点は、フランドール自身に悪意がない点にあります。彼女にとって物を壊す行為は、子どもがおもちゃを分解して遊ぶ感覚と大差がありません。加減を知らず、自分の腕力や魔力が相手を容易に粉砕してしまうことを完全には理解できていないのです。その危険性を熟知していた姉レミリアは、彼女を憎んで地下に閉じ込めたのではなく、フランドール自身を守り、同時に紅魔館の安全を保つために「外出を禁じる」という苦渋の措置をとっていました。
したがって、『U.N.オーエンは彼女なのか?』というタイトルの背後にあるのは、単なる殺人鬼のテーマではなく、「自らの存在理由を定義できず、他者と触れ合うことすら許されなかった孤独な怪物の悲哀」です。この多層的なキャラクター性を見落として狂気の一面だけを切り取ってしまうと、楽曲が持つ真の情緒的深みを見失うことになります。