同クラブの歩みは、日本のゴルフブームの栄枯盛衰そのものと言えます。1980年代後半から1990年代初頭のバブル経済期、全国的なゴルフ場開発ラッシュのなかで岐阜県内にも多数のコースが誕生し、エアポートヒルCCも華々しくオープンを飾りました。
しかし、2000年代以降の「2025年問題」に代表されるゴルファーの高齢化、若者のゴルフ離れ、そして競合コースとの価格競争が直撃します。岐阜県内では採算の合わなくなったゴルフ場の統廃合や経営母体の交代が相次ぎ、同クラブの歩みもまさにそうした激動の業界再編期を物語る歴史の一幕となりました。