東京芸術大学出身の芸能人一覧を眺めていると、世間一般の読者が陥りがちな「3つの大きな誤解」が存在します。これらを正しく認識しなければ、彼らのキャリアの本質を見誤ることになります。
第1の誤解は、「芸大を卒業しさえすれば、一生芸術家・音楽家として優雅に暮らせる」という特権意識の幻想です。現実は極めて過酷であり、芸大を首席で卒業したとしても、オーケストラの団員ポストは数年に1度の空きしかなく、絵画がギャラリーで定期的に売れる作家は同学年で数名いるかどうかです。大半の卒業生は、音楽教室の講師、デザインの下請け、舞台の大道具制作、あるいは全く畑違いのアルバイトを掛け持ちしながら、自腹を切って個展やリサイタルを開催しています。芸能界で名を馳せる有名人たちは、そうした数千人の「名もなき芸術難民」の屍(しかばね)の上に立つ、ごく一握りの生存者に過ぎません。
第2の誤解は、「大学を中退した有名人は、学業についていけなかった落ちこぼれである」という偏見です。前述の常田大希氏や葉加瀬太郎氏、あるいは美術学部中退の岡本太郎氏を見れば明らかなように、芸大における「中退」は、他大学のそれとは意味合いが根本から異なります。彼らの中退理由は「能力不足」ではなく、「自らの表現欲求がアカデミズムのスピード感や制度の枠組みを追い越してしまった」結果です。大学という保護膜をあえて破り、リスクを背負って実力一本でマーケットに飛び込む行為は、むしろ真の表現者としての覚悟の証と言えます。
第3の誤解は、「芸大は実技試験さえできれば、学力や知性は一切問われない」という軽視です。大学入学共通テスト(旧センター試験)において、芸大は国公立大学としての基準点を課しており、学科試験をクリアできなければどれほど実技が優れていても足切りに遭います。さらに、現代アートや作曲の現場では、ポスト構造主義、記号論、美学史などの難解な人文書を読解し、自身の作品コンセプトを言語化してプレゼンテーションする能力が不可欠です。坂本龍一氏の知性派としての立ち振る舞いに象徴されるように、真の芸大トップ層は「極限の実技能力」と「高度な論理的思考力」を高度に両立させています。