ネット上の相談掲示板やSNS、知恵袋などで定期的に激しい議論が巻き起こるのが、「棺写真生きてる人(生存している家族や友人が一緒に写っている写真)」の是非です。
「家族みんなで笑顔で送り出したくて集合写真を入れたら、年配の親族から『生きている人間をあの世へ引きずり込む気か!』と激怒された」「知らずに入れてしまい、後から不吉な迷信を聞いて眠れない日々が続いている」といった切実な告白が多数寄せられています。
民俗学および仏教宗派の教義的見地から言えば、「生きている人の写真を棺に入れるとあの世へ連れて行かれる」という説に宗教的な根拠は一切存在しません。これは「写真に魂が吸い取られる」と恐れられた幕末・明治期の初期写真観や、昭和期に流布した民間俗信が結びついた都市伝説に過ぎません。浄土真宗をはじめとする多くの仏教宗派でも、「写真一枚で現世の生死が左右されるような教えはない」と公式に否定されています。
しかし、ジャーナリスティックな視点で見逃してはならないのは、「科学的・宗教的根拠がないからといって、感情の摩擦を無視して良いわけではない」という現実です。葬儀という極限の心理状態において、迷信であっても不吉さを恐れる親族がいれば、その後の人間関係に修復不能な亀裂が入る引き金になります。
現場でトラブルを回避するための現実的な折衷案として、葬祭ディレクターの間では以下の3つの実践法が共有されています。
- 写っている本人の合意を得る:一緒に写っている存命の家族全員が納得している場合は、そのまま納めても心理的摩擦は起きにくい。
- 故人単身の写真にトリミングする:集合写真から故人の部分だけをプリントアウトし直して納棺する。
- 手紙やメッセージカードに切り替える:写真の代わりに、生きている家族からの感謝のメッセージを直筆で添える。
形式に固執して親族間に諍いを起こすことは、何より故人が望まない事態です。配慮と柔軟性を持った対応が、現代の葬送儀礼における成熟したマナーと言えます。