ルーブル美術館の代名詞といえば、ダ・ヴィンチの『モナリザ』や古代彫刻の傑作群です。しかし、これらが最初から現代のような「絶対的な神話」として崇められていたわけではありません。人々を抗いがたく惹きつける魔力の裏には、美術史の枠組みを超えた歴史的事件と視覚心理のメカニズムが潜んでいます。
レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作である『モナリザ』が世界最高峰の知名度を獲得した最大の転機は、皮肉にも1911年に起きた盗難事件でした。元ルーブル美術館の作業員ビンセンツォ・ペルージャによって白昼堂々額縁から持ち去られ、約2年余り行方不明となった報道劇が、当時の新聞メディアを通じて大衆の好奇心を爆発的に煽ったのです。もちろん、輪郭線をぼかす「スフマート技法」や、どの角度から見ても視線が合うように錯覚させる解剖学的計算は天才の所業に他なりません。しかし、人々を惹きつける決定的な引力は、「一度失われかけた幻の至宝」という大衆心理の劇的な記憶によって強固に定着しました。
現在、ドノン翼2階の「国家の間」がモナリザ展示場所となっており、防弾ガラスで厳重に保護された彼女の前には日夜長蛇の列が形成されています。連日押し寄せる過剰な混雑を緩和するため、美術館当局はモナリザ専用の独立した地下展示室を新設する構想を継続協議しており、名画が背負う熱狂は今なお拡大を続けています。
彫刻の最高峰『ミロのヴィーナス』にも、国家の威信を懸けた政治劇の痕跡が残されています。1820年にエーゲ海のミロス島で発見された際、ナポレオン戦争の敗北によってイタリアへ返還せざるを得なくなった『メディチのヴィーナス』の代座を埋めるべく、フランス王室は威信をかけてこの像を買い上げました。「失われた両腕」がどのようなポーズをとっていたのかという謎は、後世の鑑賞者に無数の想像の余白を与え続けています。完璧な黄金比で構成されたプロポーションと、欠落が生み出す心理的補完効果(ゲシュタルト崩壊を防ぐ人間の補正能力)が相乗し、時空を超えた美の基準として君臨しているのです。
そして、ダリュの階段踊り場に立つ『サモトラケのニケ』。エーゲ海の風を受けて衣をはためかせるヘレニズム期の勝利の女神は、頭部と両腕を失いながらも、大階段を見上げる鑑賞者に圧倒的なダイナミズムを叩きつけます。この3点こそが、歴代のキュレーターたちによって磨き抜かれたルーブル美術館三大至宝であり、計算された展示空間の劇的な配置そのものが、鑑賞者の情動を揺さぶる舞台装置となっています。