街中で何気なく耳にする「Bボーイ」という呼称について、「Black(黒人)」「Bad(不良)」「Boogie(ブギ)」の頭文字だと誤解しているケースが今なお散見されます。しかし、歴史の公式記録とカルチャーの証言が示す真相は、まったく別の場所にあります。
「B」の正体は、楽曲の間奏部分を意味する「Break(ブレイク)」に由来します。具体的には「Break-Boy(ブレイク・ボーイ)」の短縮形であり、女性の場合は「Bガール(B-Girl)」と呼ばれます。
時計の針を1973年8月11日、ニューヨーク市サウスブロンクスのセジウィック通り1520番地へ戻しましょう。ヒップホップの生みの親とされるDJクール・ハーク(DJ Kool Herc)が主催した伝説のパーティーにおいて、この文化は産声をあげました。彼は2台のターンテーブルを用い、レコードのドラムソロなど最も盛り上がる間奏部分(ブレイク)だけを交互にループ再生する革新的なプレイを編み出しました。
そのブレイクパートに合わせてフロアに飛び出し、アクロバティックに踊り狂う少年たちを見て、クール・ハークがマイク越しに「B-Boys!」と叫んだことこそが、すべての始まりです。後のインタビューやカルチャー証言において、関係者は当時の熱気を次のように述懐しています。
「Breakは、心がブッ壊れるほどイカれてる状態からきている。“皆、理性を吹き飛ばすくらいイカれて踊れ”という衝動そのものを指していたんだ」
つまりBボーイとは、貧困や治安悪化に喘いでいた1970年代のブロンクスにおいて、音楽のエネルギーを全身で浴びて鬱屈を吹き飛ばし、己の存在をフロアで証明した若者たちへの敬称でした。