古典の授業や受験勉強において、紫式部の『源氏物語』が「もののあはれ(情緒的・主観的な哀愁)」を代表するのに対し、清少納言の『枕草子』は「をかし(知的・客観的なおかしみ、興味深さ)」の文学であると画一的に教えられます。
しかし、教育現場やSNS上のリアルな学習者の声を拾い上げると、「『をかし』を『面白い・笑える』と訳してしまい、なぜ春の夜明けが面白いのか納得できない」という混乱が数多く見受けられます。「枕草子 をかし 意味」の本来のニュアンスは、ゲラゲラ笑う面白さではありません。「思わずハッと目が留まり、知的好奇心が刺激されて心が躍る」「なるほど、そう来たか!と共感できる知的な快感」を指します。
定子を取り巻く女房たちの手記や後世の批評を検証すると、彼女たちの日常は、漢詩の教養を用いた即興の謎解きや、センスを競い合う高度な言葉のゲームに満ちていました。清少納言の「春はあけぼの」という切り出しは、同僚の女房たちから「春といえば花だと思っていたけれど、言われてみればあの朝の紫の雲こそが一番風流ね!」という絶賛の歓声(知的なアハ体験)を引き出すための、極めて計算されたプロデュースだったのです。