郵政民営化の根底にあった最大の狙いは、単なる「郵便局の効率化」にとどまらず、日本の金融システムと国家財政の構造改革にありました。かつての郵政事業(郵便・郵便貯金・簡易保険)は国家公務員が運営する国の組織であり、全国の郵便局を通じて集められた資金は莫大な規模に達していました。
当時、郵便貯金と簡易保険に集まった資金の多くは、国の「財政投融資(財投)」という仕組みを通じて特殊法人や公共事業へ自動的に流れていました。この仕組みは高度経済成長期にはインフラ整備に貢献したものの、バブル崩壊以降は「無駄な道路や採算の取れない公団の温床になっている」「第二の国家予算として不透明に使われている」と厳しい批判を浴びるようになります。
2001年に就任した小泉純一郎首相は、「民間にできることは民間に委ねる」という構造改革を旗印に掲げました。約350兆円とも言われた郵便貯金と簡易保険の資金の流れを市場経済に委ね、肥大化した官民の癒着を断ち切ることこそが、郵政改革が推し進められた本質的な目的でした。