雅子さまが歩んでこられた道のりは、決して平坦なものばかりではありませんでした。2003年暮れに帯状疱疹で入院されて以降、2004年には「適応障害」と診断され、長期のご静養に入られた経緯があります。
その背景には、伝統と前例を重んじる皇室という特殊な環境への適応に加え、世継ぎ問題を巡る過度なプレッシャー、さらには元外交官としての能力を十分に発揮しにくい閉塞感など、複合的な要因が存在していました。2004年5月には、当時の皇太子殿下(現天皇陛下)が記者会見で「雅子のキャリアや、それに伴った雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と述べられた、いわゆる「人格否定発言」が大きな波紋を呼びました。
心ない批判や一部メディアの過熱報道にさらされながらも、雅子さまは医師団の助言に従い、那須や葉山などの御用邸で静養を重ね、少しずつ心身のバランスを取り戻していかれました。天皇陛下の揺るぎない支えと深い愛情があったからこそ、雅子さまは長いトンネルを抜け、現在の力強い歩みへとつなげることができたのです。