1970年(昭和45年)2月27日午後6時40分頃、雄別炭鉱の主力坑道であった「通洞坑」の地下深部で、轟音とともにメタンガスを主因とする大爆発が発生しました。坑内には夜間シフトの採掘作業員や保守点検員ら数十名が入坑しており、爆発の衝撃波と猛烈な熱風が一瞬にして地下通路を駆け抜けました。
爆音とともに通気設備が破壊され、坑内には高濃度の一酸化炭素(CO)が充満。生存者や救助隊の証言によると、坑内は視界を奪う粉塵と猛烈な煙が立ち込め、避難経路は崩落した岩石で寸断される地獄絵図と化していました。必死の救出活動が続けられたものの、最終的に作業員19名が命を落とすという痛ましい結果となりました。
生還を果たした作業員の多くも重度の火傷や一酸化炭素中毒の後遺症に苦しみ、雄別炭鉱の長い歴史の中で最も過酷な惨劇として記憶されることになったのです。