関ジャニ∞の歴史において、メンバーの脱退は単なるメンバーチェンジではなく、グループの音楽性や方向性を大きく揺るがす重大な分岐点でした。脱退の順番に沿って、彼らがグループを離れるに至った真相を紐解きます。
1. 内博貴:2005年の活動自粛から舞台俳優への転換
最初の脱退者となったのが内博貴です。NEWSとの兼任メンバーとして高い人気を誇っていた2005年7月、当時18歳での未成年飲酒騒動により無期限の活動自粛処分を受けました。その後、2007年の少年隊主演舞台『PLAYZONE'07』で研修生として復帰を果たしたものの、グループへの復帰は叶わず、正式にグループを離脱することとなりました。当時の報道資料や手記によると、本人は深い反省とともに「一人の表現者としてゼロから信頼を取り戻す」ことを誓い、舞台演劇の道へ本格的にシフトしていきました。
2. 渋谷すばる:35歳という節目と「音楽への純粋な探求心」
メインボーカルとしてグループの魂を担っていた渋谷すばるは、2018年4月15日に緊急記者会見を開き、グループ脱退と同年限りでの退所を発表しました。会見で渋谷本人は「35歳という年齢を迎え、これからの人生を音楽で全うしたい。自分の責任で音楽を追求したい」と語り、海外留学を見据えた音楽修行の意志を表明しました。怪我で欠席した安田章大を除くメンバー全員が同席した異例の記者会見では、長年苦楽を共にした仲間への感謝と無念さが交錯し、ファンに強い衝撃を与えました。
3. 錦戸亮:グループの変革期における「個の表現」への決断
渋谷の脱退からわずか1年余りが経過した2019年9月、15周年記念ツアー『十五祭』の千秋楽直後に錦戸亮の脱退・退所が発表されました。NEWSとの兼任解除を経てグループの看板を背負ってきた錦戸ですが、絶対的支柱であった渋谷の脱退を機に、グループの今後のあり方や自身の将来像について深く葛藤を重ねていました。公式発表において錦戸は「自分なりのエンターテインメントを形にしたい」と述べ、自身の意思を100%反映できる個人事務所の設立という道を選択しました。