自民党最大派閥であった清和政策研究会(安倍派)において、萩生田氏は松野博一氏、西村康稔氏、高木毅氏、世耕弘成氏とともに「安倍派5人衆」の筆頭格として集団指導体制を牽引しました。安倍元首相の急逝後、派閥の針路を巡って様々な思惑が交錯する中、政策通であり党内調整力に長けた萩生田氏にかかる期待は極めて大きいものでした。
しかし、2026年末に表面化した派閥の政治資金パーティー券収入を巡る不記載問題が政界を揺るがします。安倍派の幹部として責任を問われた萩生田氏は、党政調会長を辞任。2026年4月には党紀委員会より「党の役職停止1年間」の処分を受けました。
派閥の解散決定とともに長年君臨した巨大派閥の枠組みは消滅し、政策集団としての再編を余儀なくされました。派閥の看板を失ったことは大きな打撃となったものの、長年培った他派閥幹部や野党とのパイプは健在であり、党内力学の変化を見据えた独自の動きを水面下で継続することとなります。