彼女の波乱に満ちた人生を語る上で欠かせないのが、同時代の作家・井上光晴との深く複雑な関係である。互いに家庭をもちながら惹かれ合い、情念の業に苦しみ抜いた歳月。その生々しい体験と感情の交錯は、のちに優れた自伝的小説へと昇華され、日本文学史に類を見ない人間ドラマとして結実した。
この二人の非日常的な絆と、井上の妻を交えた歪ながらも誠実な人間模様を描いた井上荒野の小説『あちらにいる鬼』は、映画化され大きな反響を呼んだ。主演を務めた寺島しのぶが剃髪して寂聴役に挑み、業の深さと人間の愛おしさを体現した迫真の演舞は、今も映画ファンの記憶に新しく刻まれている。