太陽の塔の誕生を巡る歴史と経緯を紐解く際、外せないのが1970年大阪万博のチーフプロデューサーを務めた建築家・丹下健三との対峙です。当時、国家プロジェクトとして掲げられたテーマは「人類の進歩と調和」。丹下はこれに基づき、近代合理主義の粋を集めた巨大な「大屋根」をお祭り広場に設計しました。
しかし、テーマプロデューサーに就任した岡本太郎は、このお行儀の良い合理主義に猛反発しました。「進歩とは何か。人間は本当に進歩しているのか」「調和などという無難な言葉でお茶を濁すな」――岡本は自著や当時のインタビューで幾度となくこの疑問をぶつけています。そして彼が出した回答が、丹下の大屋根に大穴を開け、それを垂直に突き破るようにそびえ立つ約70メートルの異形「太陽の塔」でした。
太陽の塔には、外観に3つの顔が存在します。
- 黄金の顔(頂部):未来を象徴し、直径10.6メートルの金色の円盤が遥か先を見据える。
- 太陽の顔(正面胴部):現在を象徴し、直径約12メートルの力強い白い顔が人々を直視する。
- 黒い太陽(背面):過去を象徴し、信楽焼の黒色陶器タイルで作られた直径約8メートルの顔が静かに背後を睨む。
過去・現在・未来をひとつの構造体に内包させたこの造形は、人間が進歩の美名のもとに忘れ去ろうとしていた「原始のエネルギー」を白日の下に晒すための巨大な仕掛けだったのです。