「用足し」という言葉を辞書で紐解くと、主に「必要な用事を済ませること、またはそのための外出」と「大小便を排泄すること」という2つの定義が記されています。なぜ一つの言葉に、日常の諸手続きと生理現象という隔たりが生じたのか、その背景には日本語特有の文化的配慮と語源の成り立ちが存在します。
語源の観点から見ると、「用(必要な事柄・果たすべき役目)」を「足す(満たす・間に合わせる)」という動詞の組み合わせから成立しています。室町時代から江戸時代にかけて、生活に必要な物資を調達したり役所への手続きを行ったりする行為を「用を足す」「用足し」と呼ぶようになりました。さらに江戸期には、幕府や大名に出入りして物資を調達する特権商人を「御用達(ごようたし)」と呼ぶなど、公的な業務を完遂する意味合いも帯びていた歴史があります。
一方で、日本文化には古くから「排泄に関する直接的な表現を忌避する」という強い美意識が根付いています。便所や排泄行為をあからさまに口にするのを避け、「必要な生理的用事を済ませてくる」という婉曲表現として「用を足す」が用いられるようになりました。ここから派生して、排尿を「小用(しょうよう)を足す」、排便を「大用(たいよう)を足す」と言い分ける慣習が定着したのです。
現代の感覚において「お手洗い」や「トイレ」が場所を指す名詞であるのに対し、「用足し」は行為そのものを指す言葉です。文脈の補足がないまま「用足しに行ってきます」とだけ告げると、外出を伴う用事なのか、単なるトイレ休憩なのかが相手に伝わらない原因となります。