現在のどっしりとした風貌からは想像がつきにくいものの、若い頃の古田新太は極めてスレンダーな美青年でした。1984年、大学の先輩であった渡辺いっけいに誘われて劇団☆新感線の舞台『宇宙防衛軍ヒデマロ』に出演したことが、役者人生の大きな転機となります。直後に渡辺が退団したため、古田は弱冠19歳前後で劇団のメインを張ることになりました。
当時の特番インタビューや関係者の回想録によると、当時の古田は激しいロック音楽に乗せて高速で舞い、重い日本刀を軽々と振り回す驚異的なスピード感を誇っていました。クラシックバレエ仕込みのブレない体幹と柔軟性は、いのうえひでのり演出のド派手なアクション演劇「いのうえ歌舞伎」を成立させる最大の武器となったのです。
また、1990年代初頭には『オールナイトニッポン』のパーソナリティを担当し、過激で本音全開のトークを展開。サブカルチャーを愛する若者層の間で熱狂的なカルト的人気を博しました。この時期に培われた「一切気取らない人間味」が、後の個性派俳優としての強烈な下地になっています。