スラムダンク全31巻・276話に及ぶ物語の中で、読者の投票や議論で常に頂点を争うのが「山王工業戦ラスト数秒のハイタッチ」と「三井寿の体育館での懺悔」です。なぜこの2つの場面は、数十年が経過した現在でも読者の涙腺を崩壊させるのでしょうか。
インターハイ2回戦、王者・山王工業との激闘の結末。残り1秒、流川楓からのラストパスを受け取った桜木花道が、合宿で叩き込んだ基礎である「左手はそえるだけ…」の呟きとともに逆転のジャンプシュートを沈めます。ブザーが鳴り響く歓喜の中、かつて激しく反発し合い、一度としてパスを回すことすらなかった桜木と流川が、無言のまま歩み寄り、右手で激しいハイタッチを交わす場面です。
この名シーンの凄みは、劇的な逆転劇の瞬間に「セリフとオノマトペ(擬音)を一切排除した完全な静寂」を選択した演出力にあります。作者の井上雄彦氏は、激戦の息遣いと選手たちの視線、躍動する肉体の陰影だけで感情のすべてを語らせました。いがみ合っていた二人が、勝利への純粋な執念のみで交感したコンマ数秒の奇跡。言葉を超えたカタルシス(感情の解放)が、読者の胸に強烈な感動を呼び起こします。
一方、人間ドラマとしての涙を誘う頂点が、単行本8巻に収録された三井寿の再生劇です。不良仲間とともにバスケットボール部を襲撃し、廃部寸前にまで追い込んだ三井。しかし、かつての恩師・安西光義監督が体育館に姿を現した瞬間、張り詰めていた虚勢は音を立てて崩れ去ります。床に膝をつき、大粒の涙を流しながら絞り出した一言――「安西先生……!! バスケがしたいです……」。
心理学的に見れば、このシーンは「防衛機制(プライドや攻撃性)」の完全な崩壊と、無条件の受容による「自己の再発見」を克明に描いています。中学MVPという栄光からの転落、怪我への焦り、仲間への嫉妬という三井のドロドロとした挫折は、何かに挫折した経験を持つすべての大人にとって痛いほど身に染みるリアリティを放っています。