「なぜJリーグのトッププロを相手に、大学生や社会人が真剣勝負を繰り広げられるのか」という素朴な疑問は、天皇杯の生い立ちを知ることで氷解します。
大会の起源は1921年(大正10年)に開催された「ア式蹴球全国優勝競技会」にまで遡ります。当時はプロ組織など存在せず、日本サッカーを牽引していたのは東京帝国大学(現・東京大学)や早稲田大学、慶應義塾大学といった大学・高等教育機関のチームでした。歴史的に大学勢は「格下」ではなく、むしろ日本サッカーの礎を築いた本流だったのです。
歴代優勝チームの年表を紐解くと、戦前・戦後は大学チームが黄金期を築き、1960年代以降に東洋工業(現・サンフレッチェ広島の前身)や三菱重工(現・浦和レッズの前身)などの実業団が台頭、そして1992年のJリーグ開幕以降はプロクラブがタイトルを独占する流れへと変遷してきました。1993年以降に大学チームが優勝した例こそありませんが、歴史的経緯を尊重する理念から、現在も厳格な予選システムを通じてアマチュア勢に出場資格が与えられています。
天皇杯の出場資格は、J1の全クラブとJ2クラブ(シード枠)、日本フットボールリーグ(JFL)のシード枠、そして47都道府県のサッカー協会が開催する予選を勝ち上がった47代表で構成されます。大学生チームは都道県予選で社会人クラブやJ3勢を破ることで、堂々と本戦のトーナメント表に名を刻んでいるのです。