テレビ関係者や当時の雑誌編集者への取材、そしてタレント本人の手記から浮かび上がるのは、野田義治氏による徹底した「人間教育」の現場です。
野田氏は、所属タレントに対して「グラビアはあくまで名刺代わり。生き残るにはスタジオでひな壇の空気を読む頭の回転が必要だ」と口酸っぱく説いていました。毎朝の新聞通読を義務付け、スタッフへの挨拶や礼儀作法、スタッフ全員の名前を覚えることを厳命。自らバラエティ番組に顔を出し、プロデューサーや共演者に頭を下げて回るその泥臭い営業スタイルは、多くの現場スタッフから愛されていました。
一方で、その「強すぎるトップダウンと疑似家族的な結束」は、組織が巨大化するにつれて綻びを見せました。公私の境界線が曖昧なマネジメントは、コンプライアンスや透明性が重視され始めた平成中期のビジネス環境において、深刻なガバナンスリスクを孕んでいたと言わざるを得ません。