この名曲の屋台骨を支えているのが、希代の吟遊詩人・下田逸郎による卓越した詩世界です。「踊り子」などのヒット作で知られ、人間の孤独や漂白の情念を描かせたら右に出る者がいない下田逸郎と、浪速のソウルフルなロッカーとして頭角を現していた桑名正博。ふたりの邂逅が、この奇跡的な名曲を生み出しました。
桑名正博自身が生前のインタビューや音楽特番で明かした証言によると、メロディ自体は桑名がアコースティックギターをつま弾きながら自然発生的に紡ぎ出したものでした。そこに下田逸郎が持ち込んだのが、一切の無駄を削ぎ落とした「月のあかり」の詞です。当時、商業的なロックサウンドやキャッチーな歌謡曲が全盛を極める中、下田は桑名の声の奥底に眠る「哀しみのざらつき」を見抜いていました。過剰な装飾を排し、情景描写と会話劇の間を揺れ動くような言葉の配置は、下田逸郎ならではの職人芸といえます。
本作は、1978年7月にリリースされた桑名正博の3rdソロアルバム『テキーラ・ムーン』に収録され、同年末にシングルカットされました。スタジオセッションでは、桑名のエモーショナルなボーカルを引き立てるため、派手なシンセサイザーや重厚なホーンセクションを極力抑え、ウッドベースやアコースティックギター、フェンダーローズのウォームな音色を基調としたアレンジが施されました。その結果、時代や流行に左右されない普遍的なサウンドスケープが完成したのです。