命の選別」はなぜタブーなのか?出生前診断と医療現場の真相を徹底解説

命の選別」はなぜタブーなのか?出生前診断と医療現場の真相を徹底解説

命の選別」はなぜタブーなのか?出生前診断と医療現場の真相を徹底解説の具体的な内容に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

ウェブ上の言説で最も頻繁に見られる致命的な混同は、「医療トリアージ」と「優生思想に基づく選別」の同一視です。この2つは根本的な思想的起源も目的も正反対に位置する概念であり、混同することは冷静な議論を阻害します。

かつてナチス・ドイツが推進した「T4作戦」や、日本において1996年まで続いた旧優生保護法下での強制不妊手術は、「特定の遺伝的特徴や障害を持つ人間は社会にとって無価値であり、排除されるべきだ」という価値観に基づいた優生思想の産物でした。ここでは人間の「生きる権利の軽重」が本人の属性によって恣意的に序列化されています。

一方、災害や有事におけるトリアージは、「限られた医療資源を投入して、社会全体で救える生命の絶対数を最大化する(Save the most lives)」という公衆衛生上の危機管理手法です。トリアージの判断基準は「社会的価値」や「障害の有無」ではなく、あくまで「現時点での急性期治療による可逆性(回復可能性)」に限定されます。たとえば、平素は重度の身体障害がある患者であっても、呼吸不全からの回復見込みが高ければ、回復不能な状態にある健常者よりも人工呼吸器の装着が優先されるのが純粋な医学的トリアージの原則です。

しかし、ネット上の言説では「高齢者を切り捨てろ」「生産性の低い人間をトリアージせよ」といった短絡的な暴論が散見されます。これはトリアージの概念を悪用した歪んだ優生思想に他なりません。医療トリアージが正当性を持つのは、それが属性に基づく差別ではなく、急性期の医学的予後のみを基準としている場合に限られます。この境界線が曖昧になった瞬間、医療は国家や社会のコスト削減ツールへと変質してしまうのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。