本作の白眉であり、読者に強烈なトラウマを植え付けるのが、終盤における「四十二日間の物忌み」と戦慄のラストシーンです。
袖の死後、自らにも怨霊の手が伸びていると悟った庄太郎は、高名な陰陽師のもとへ駆け込みます。陰陽師は庄太郎の全身および滞在先である彦六の家にびっしりと魔除けの神符(お札)を貼り巡らせ、厳格な指示を下しました。
「これより42日間、家から一歩も外に出てはならぬ。怨霊がどんな声で呼ぼうとも決して返事をしてはならぬ。結界の中で息を潜め、43日目の朝、太陽が昇るのを待て」
毎夜、結界の外では磯良の怨霊が戸を叩き、恨み言を叫び続けます。庄太郎は恐怖に震えながら耐え忍び、ついに運命の43日目の夜明けを迎えます。外から従兄弟の彦六が「庄太郎、夜が明けたぞ。もう大丈夫だ」と声をかけてきました。庄太郎が安堵して雨戸の隙間から外を覗き見た瞬間、彦六に見えたものは幻影であり、磯良の凄まじい形相の手が庄太郎の襟首を掴み上げました。
翌朝、本物の彦六が訪れると、家の軒先や壁一面に大量の生血が飛び散り、屋根の棟木(むなぎ)には、引きちぎられた庄太郎の髷(まげ/頭髪)だけがぶら下がっていました。肉体は跡形もなく消滅していたのです。
この結末が読者を戦慄させる最大の理由は、ただのジャンプスケア(脅かし)ではなく、「心理的な油断」を巧みに突いた構造にあります。あと数分で生き残れたという極限のシチュエーションで、最も信じ切った瞬間に奈落へ突き落とされる展開は、江戸時代の怪談でありながら現代のサイコホラーを凌駕する完成度を誇っています。