テレビ画面では一見、記者たちが無秩序に殺到しているように映るかもしれませんが、実際の首相官邸ぶら下がり取材には、極めて細かな現場ルールと秩序が存在します。
現場を仕切っているのは、大手新聞社やテレビ局などで構成される記者クラブ制度(官邸の場合は「内閣記者会」)です。ぶら下がり取材を行う際、無関係な記者が勝手に割り込むことは許されず、次のような暗黙の取り決めに基づいて進行します。
まず、取材の口火を切るのは月替わりで選ばれる「幹事社」です。幹事社の記者が代表して、その日最大の政治的争点に関する質問を1〜2問行います。その後、幹事社の「各社どうぞ」という合図とともに、周辺の各社記者が自由に質問を投げかける「関連質問」のフェーズへと移ります。
立ち位置や機材の配置にも厳密な取り決めがあります。官邸1階のエントランスなどでは、あらかじめ床にテープでプレスラインが引かれており、カメラクルーの位置、ペン記者(新聞・通信社)の立ち位置、音声マイクの設置場所がミリ単位で管理されています。要人が足を止める位置も固定されており、歩行を物理的に妨害するような危険な接近は禁止されています。
かつての番記者による回顧録や自著でも語られている通り、「立ち止まるか、そのまま会釈だけで通り過ぎるか」の判断は政治家側に委ねられています。手首の時計を見つめながら無言で通り過ぎる姿そのものが「現在の危機に対する拒絶」という政治的メッセージとして報じられることもあり、歩き去る数秒間の挙動すらも取材対象となります。