「滅相」という言葉は本来、仏教哲学における存在の生滅変化を表す概念「生・住・異・滅」の「滅相」に由来する。万物が消滅する姿、転じて「あってはならないこと」「とんでもない災難」を指す俗語へと変遷を遂げた。現代日本語学の分野でも、否定の接尾語「無い」と結合した「滅相もない」が、他者の評価を強い調子で打ち消す自己卑下の慣用句として定着したプロセスは興味深い研究対象とされている。
言語学者の金田一秀穂氏は、日本語における「へりくだり」の過剰化が時にコミュニケーションの齟齬を生む点について、メディアや著作でたびたび警鐘を鳴らしてきた。相手の好意を真っ向から打ち消す表現は、謙虚さの表れであると同時に、対話のキャッチボールを一方的に断ち切るリスクを常に内包している。