米国の軍事行動が世界に最も深い傷跡を残したのが、中東における二つの戦争です。1990年のサダム・フセインによるクウェート侵攻を受けた湾岸戦争では、多国籍軍を率いた米軍が電撃的な勝利を収めました。しかし、この軍事作戦の「成功体験」が、後の悲劇の引き金を引くことになります。
2003年のイラク戦争は、今なお国際社会で激しい非難と検証の対象となっています。「イラクが大量破壊兵器(WMD)を保有している」という米英政府の主張は、開戦後に完全な誤情報であったことが判明しました。当時のコリン・パウエル国務長官が国連安保理で行った劇的な演説は、後に本人自らが「生涯の汚点」と認める手記を残しています。
フセイン政権崩壊後の統治プランが皆無だったペンタゴンの方針は、イラク国内を治安の空白地帯へと突き落としました。旧バアス党員や軍人を一斉排除した結果、彼らが過激派組織「イスラム国(IS)」の幹部層へと合流。中東全域を数十年にわたる混乱へと巻き込みました。この手痛い教訓が、現代米国民の中に根深い「対外介入アレルギー」を植え付ける直接の原因となったのです。